年の初め、あるいは商いの節目に、手を合わせたくなる場所があります。上之雷電神社の境内に鎮まる本社・上之村神社の御祭神は、事代主命(ことしろぬしのみこと)。人々が古くからえびす様と親しみ仰いできた神です。
えびす様が主祭神である、ということ
上之雷電神社の本社・上之村神社は、旧くは久伊豆社と称しておりました。その主祭神として事代主命がお鎮まりになり、相殿には大己貴命(おおなむちのみこと)・大山祇神(おおやまつみのかみ)がともにお祀りされています。
事代主命は、漁や海の幸を恵む神として各地で崇敬されてきた由緒をお持ちです。その福徳は農漁業にとどまらず、やがて商いと経済の繁栄全般へとその御神徳が広まり、今日では「えびす様」の御名のもとに商売繁盛の象徴として広く親しまれています。当社は熊谷七福神の恵比寿にも数えられており、地域の人々の願いとともに長い年月を歩んできた社です。
神様が何を司るかということは、そのご祈願に力が宿る根拠と深く結びついています。商売繁盛・家内安全のご祈願を当社で申し上げる意味は、まさにここにあります。商いと家業の栄えを本来の御神徳としてお持ちになる事代主命の御前に立ち、その願いを奉告するという、揺るぎない筋道がそこにはあります。
大雷神の御加護、神経の社として整える
当社の摂社には、大雷神(おおいかづちのかみ)がお鎮まりです。雷という天地の電気を司るこの神は、同時に人の身体を巡る生命の電気、すなわち神経を守護されると当社は伝えます。「神(Shin)の通う道が神経(Shin-kei)である」という言葉は、この社が静かに保ち続けてきた信仰の核です。
商いを長く続けるとは、并せて心身を保ち続けることでもあります。緊張が緩まない日々、眠りの浅さ、気力の落ちた朝。それらは多くの場合、神経の疲弊と深く関わっています。事代主命に商売と家の安寧を願い、大雷神の御前で乱れた神経を鎮める。当社はその両方が一所で叶う社として、参拝の方々をお迎えしてきました。
早朝の境内、掃き清められた参道
夜明け前から境内を掃き清める時間があります。朝露が石畳に残るうちに箒を走らせ、参道の砂利を整え、燈籠の灯を確かめる。その静けさの中で、社はその日の最初の祈りを受ける準備をしています。
冬の朝であれば、冷えた空気の中に松の香りが立ち、境内全体が一種の澄んだ気を帯びます。年の初め、その空気の中に身を置くだけで、何かが緩み、何かが改まるように感じる方がいます。それは気のせいではなく、長い年月をかけて積まれた祈りの重なりが、この場所に宿っているからではないかと、奉仕する者として思います。
商売繁盛・家内安全のご祈祷について
上之雷電神社では、事代主命の御前にて商売繁盛・営業繁栄、そして家内安全のご祈祷を執り行っております。
商売繁盛のご祈願は、単に売上や利益を願うものではありません。正直に、誠実に、人と物と向き合う商いの姿勢が長く続くよう、その根っこを守っていただくことを願う祈りです。事代主命は恵みを分け与える神であり、その御前に商いの志を奉告することは、商人としての在り方を改めて問い直す機会ともなります。
家内安全は、家に暮らすすべての人の無事と健やかさを願うご祈願です。商いは家業でもあります。家が安らかであることは、商いが続く土台です。事代主命の福徳が家全体に及ぶことを願うこのご祈願は、商売繁盛とともに申し上げることで一層の意味を持ちます。
ご祈祷の後には、初穂料をお納めいただいた方にご神符・授与品をお授けしております。日々の商いの場にお祀りいただき、折に触れて御神徳を思い起こしていただければ幸いです。
年の節目に、えびす様の御前へ
正月の七福神詣でに当社を訪れる方は少なくありません。熊谷七福神の恵比寿としての当社を、一年の始まりに詣でる習慣を持つ家も、世代を超えて続いています。そうした祈りの連なりの中に、今年の願いを重ねていく。それは個人の祈りであると同時に、この土地に息づいてきた信仰の流れに加わることでもあります。
商いに励む人も、家を守る人も、新しい一歩を踏み出そうとしている人も、えびす様の御前で、ただ静かに手を合わせてください。声高に願わずとも、その心は届きます。
上之雷電神社は、今日もその祈りをお待ちしております。
雷電さまのLINE
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