彼岸を過ぎると、朝の境内に差す光がわずかに低くなり、参道の敷石に落ちる木々の影が長く伸びるようになります。刈り入れを終えた田の匂いが風に混じるこの頃、各地の社では秋の祭が営まれます。上之雷電神社でも本日9月27日(日)午前10時より、秋祭(終九日・しまいくんち)を齋行いたします。
秋祭とは何のための祭なのか、「九日」という名にはどのような由来があるのか。祭の朝を迎えるにあたり、その意味を静かに辿ってみたいと思います。
秋祭は何のための祭か
日本の神社の祭は、古くから稲作の一年と深く結びついてきました。春には田に種を下ろす前に一年の豊かな実りを祈り、秋には無事に稔った恵みを神さまにお供えして感謝を申し上げます。春の祭が「祈る」祭であるなら、秋の祭は「感謝を奉る」祭です。この二つが対となって、一年の祈りの輪は閉じられてきました。
宮中で毎年11月に行われる新嘗祭が、その年の新穀を神々に捧げる祭であることはよく知られています。各地の神社の秋祭も、根にある心は同じです。自分たちの力だけで得たのではない実りを、まず神さまにお返しし、そのお下がりをいただく。収穫の喜びを独り占めにせず、見えない恵みに頭を垂れる心が、秋祭の芯にあります。
今日、田畑に直接関わる方は少なくなりました。それでも、一年のうちに積み重ねた仕事や、家族が大過なく過ごせた日々は、それぞれにとっての「実り」です。秋祭は、そうした目に見える実りも見えない実りも含めて、ここまで守られてきたことを感謝する時でもあります。
「終九日」という名の由来
秋の祭を「九日」の名で呼ぶ習わしは、日本の各地に見られます。九州の「くんち」はよく知られていますが、東日本にも旧暦9月の9日、19日、29日を「三九日(みくにち)」として祝い、収穫にまつわる行事を営む土地が少なくありません。
9月9日はもとより重陽の節句にあたります。陽の数とされた九が重なる日として、古くは菊の花を愛で、長寿を願う日でありました。その日取りが、ちょうど稲の刈り入れの時季と重なったことから、九日は実りに感謝する祭の日として人々の暮らしに根づいていったと考えられています。
当社の秋祭は、この三つ目の九日にあたる終九日(しまいくんち)に近い日曜日に斎行しております。もとは境内の諏訪神社の祭礼でした。暦が移り変わった今も、「九日」の名は祭のなかに残されています。日付そのものは時代とともに変わっても、名が伝えているのは、秋の実りを神さまとともに喜んできた人々の記憶です。
当社の御祭神と秋の恵み
当社(上之村神社)の主祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)で、えびす様として親しまれてきた神さまです。相殿には、国土を拓き人々の暮らしの基を築かれた大己貴命(おおなむちのみこと)、山の神として水源の山々を司る大山祇神(おおやまつみのかみ)をお祀りしています。山から流れ出る水が田を潤し、拓かれた土地に稲が育ち、その実りが人の営みを支える。秋祭の日には、その恵みの連なりに思いが至ります。
摂社の大雷神社には、雷を司る大雷神(おおいかづちのかみ)をお祀りしています。雷の光を「稲妻」「稲光」と呼ぶのは、雷が稲を実らせると古人が信じたことに由来するといわれます。夏の夕立とともに鳴り響いた雷は、田に雨をもたらし、稲の穂を育てる力として畏れ敬われてきました。秋の実りを前にすると、あの夏の雷鳴もまた恵みの一部であったことを思わずにはいられません。
当社は旧くは久伊豆社と称しておりました。社名が改まっても、この地で季節ごとに神さまへ祈りと感謝を捧げてきた営みは変わることなく、幾世代にもわたって受け継がれてきました。
祭の朝の境内
祭の日の奉仕は、まだ薄暗いうちに始まります。落ちはじめた葉を掃き集め、手水を改め、社殿の内外を清めます。秋の朝の空気は夏よりも澄んでいて、竹箒が土を払う音が境内の隅々まで届くように感じられます。
神前には、神饌をお供えします。海のもの、山のもの、野のもの、そして何よりお米。一つひとつを三方に整えて奉る時、これらがどれほど多くの人の手と、どれほど長い季節を経てここに届いたかを思います。
祭典では、神職が祝詞を奏上し、一年の実りへの感謝と、この地に暮らす人々の平穏を神さまに申し上げます。この日には紙の神札も調えられ、家々の神棚にお祀りされていきます。祭が終われば境内は再び静けさを取り戻しますが、その静けさは、祭の前とはどこか違う、満ち足りた静けさのように思われます。
感謝から始まる次の一年
秋祭は、一年の終わりの祭であると同時に、次の一年へ向かう始まりの祭でもあります。感謝を捧げることで祈りの輪が一度閉じ、やがて冬を越え、再び春の祈りが始まります。人の暮らしも、こうした巡りのなかで少しずつ整えられてきました。
急ぎ足の日々のなかでは、手にしたものを数えるより、足りないものを数えることのほうが多いかもしれません。秋の祭は、立ち止まって、すでに与えられているものへ目を向ける時です。
本年も無事に実りの秋を迎えられたことを、神さまに謹んで感謝申し上げます。澄んだ秋の空のもと、この地に暮らす方々の日々が、穏やかに稔ってゆきますように。
この記事は、埼玉県熊谷市上之に鎮座する上之村神社・雷電神社(通称 上之雷電神社)が記しました。本殿は埼玉県指定の有形文化財、一千年にわたりこの地の祈りをお預かりしております。













