朝夕の風が涼しさを帯び、日の落ちるのが日ごとに早くなってまいりました。本年の秋分の日は9月23日、秋の彼岸が明けるのは9月26日です。境内の木々はまだ青く、けれども掃き寄せる落葉の量は確かに増えております。昼と夜の長さが入れ替わるこの時季に、なぜ祖先を偲ぶのか。その由来を静かに辿ってみます。
秋分の日はいつか 日付が年によって動く理由
秋分の日は、9月22日か9月23日のいずれかです。多くの祝日が「何月何日」と法律で定められているのに対し、秋分の日と春分の日の二日だけは、日付そのものが法律に書かれておりません。
これは、この二日が天文上の現象によって決まるからです。地球から見た太陽の通り道が、天の赤道と交わる点を秋分点といい、太陽がそこを通過する瞬間を含む日が秋分日となります。その計算は国立天文台が行い、翌年の暦は前年の2月1日に官報の暦要項として公表されます。つまり秋分の日は、人が決めた記念日ではなく、天の動きを人が読み取って定める日であるということになります。
この日、太陽はほぼ真東から昇り、ほぼ真西に沈みます。昼と夜の長さがおおよそ等しくなり、これを境として夜が少しずつ長くなってまいります。「暑さ寒さも彼岸まで」という言い伝えは、この天の道理を、暮らしの肌感覚で言い当てたものでしょう。
春分の日との違い
天文の上では、春分は太陽が春分点を通り、これから昼が長くなる境目です。秋分は秋分点を通り、これから夜が長くなる境目です。同じく昼夜が等しくなる日でありながら、一方は光へ向かい、一方は闇へ向かう、ちょうど反対側の門にあたります。
祝日としての趣旨も異なります。国民の祝日に関する法律は、春分の日を「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日とし、秋分の日を「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日と定めております。芽吹きの春には生命を寿ぎ、実りの秋には来し方を顧みる。同じ形の日に、まるで違う心が与えられているのです。
この違いには由緒があります。明治11年、宮中の年中行事として春季皇霊祭と秋季皇霊祭が定められました。皇霊祭は、歴代の天皇および皇族の御霊をおまつりする祭祀です。以来この二日は祭日とされ、戦後の昭和23年に国民の祝日に関する法律が定められた際、春分の日・秋分の日として受け継がれました。名は改まりましたが、祖先をうやまうという中身は、皇霊祭からそのまま続いております。
神道が祖先をどう考えてきたか
彼岸という言葉そのものは仏教に由来し、迷いの岸から悟りの岸へ渡ることを意味します。しかし春秋の彼岸に墓所へ参り、家の祀りを整えるという習わしは、経典に説かれた行事というより、日本の風土のなかで育った独自のものです。太陽が真東から真西へ渡るこの日を、亡き人の世界と最も近くなる日と感じ取った古い心が、その根にあります。
神道では、亡くなった方の御霊は、遠い彼方へ去ってしまうとは考えません。御霊は家の祖霊舎に留まり、また産土の神、氏神のおわす杜の辺りにあって、年を重ねるにつれて個々の名を超え、一体の祖霊となり、やがて神と睦び合う存在になっていくと伝えられてまいりました。田を拓いた人、水を引いた人、社を建てた人。その一人ひとりの名が忘れられたあとも、その働きは土地に残り、神の恵みと分かちがたく溶け合っていく。祖先をうやまうということは、その連なりの末端に今おのれが立っている、と気づくことにほかなりません。
秋の彼岸が、稲の刈り入れの時季と重なっているのも、偶然ではないでしょう。目の前の稔りは、この一年の働きだけで得られたものではありません。田も、水路も、種籾も、育て方の知恵も、すべて誰かから受け取ったものです。刈り取った穂を手にした時、自然と手を合わせる先ができる。祖先への感謝と、収穫への感謝とは、もともと一つのものであったと思われます。この心はやがて、10月の神嘗祭、11月の新嘗祭という、新穀を神に献ずる祭りへと連なってまいります。
おはぎと新穀 秋分に供えるもの
秋の彼岸にはおはぎを、春の彼岸にはぼたもちを供えるといわれます。同じ食べ物でありながら呼び名が違うのは、秋の萩の花、春の牡丹の花になぞらえたためと伝えられております。秋は収穫したばかりの小豆が柔らかいので皮ごと用いた粒あんに、春は冬を越して皮の固くなった小豆をこしあんにする、という説明もよく聞かれるところです。
小豆の赤は、古くから邪気を祓う色とされてまいりました。その赤い衣で、搗いた米をくるむ。米も小豆も、まさにその年に稔ったものです。手間をかけて拵えたものを、まず亡き人に差し上げてから、残りを家族で分けていただく。この順序にこそ意味があります。供え物とは、神仏や祖先に差し上げるとともに、それを共にいただくことで、見えない相手と同じ食事の座に着く行いだからです。
供えるものは、おはぎでなくとも構いません。その年の新米、初なりの果物、故人が好んだ品。大切なのは、まず御前に置くという、その一手間のほうです。
昼と夜がひとしい日に
秋分は、光と闇がちょうど釣り合い、そこから静かに傾いていく境目です。生きている者と、亡くなった者。いま在るものと、過ぎ去ったもの。その双方がひとしく在ると感じられる日が、年に二度だけ巡ってまいります。
彼岸はまだ明けておりません。掃き清めた縁に腰を下ろし、名を知る方、名も知らぬ方、その連なりのすべてに向かって、ひととき心を向ける。それだけで、この日を過ごしたことになるのだと存じます。
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この記事は、埼玉県熊谷市上之に鎮座する上之村神社・雷電神社(通称 上之雷電神社)が記しました。本殿は国の重要文化財、一千年にわたりこの地の祈りをお預かりしております。














