九月も下旬に入り、朝夕の風に涼しさが戻ってまいりました。日の入りが目に見えて早くなり、昼と夜の長さが釣り合う頃合いでございます。この時季になると、お彼岸という言葉をあちこちで耳にいたします。お墓参りの時季、あるいはお供えを整える時季として知られておりますが、そもそもお彼岸とは何か、いつからいつまでを指すのか、お盆とはどう違うのか、あらためて問われると答えに詰まることも多いのではないでしょうか。
神社に奉仕する者の立場から、お彼岸について分かっていること、神道ではどう考えるかを、順を追って申し上げます。
お彼岸はいつか 春分と秋分を中日とする七日間
お彼岸は、春と秋の年2回ございます。春分の日、秋分の日をそれぞれ中日とし、その前後3日ずつを加えた7日間が、お彼岸の期間でございます。
初日を彼岸の入り、中日を彼岸の中日、最終日を彼岸の明けと申します。秋のお彼岸であれば、秋分の日の3日前に入り、秋分の日を挟んで、3日後に明ける形でございます。
春分の日と秋分の日は、年によって1日前後いたします。これは暦の上の決め事ではなく、太陽の動きによって定まるものだからでございます。地球から見て太陽が天の赤道を横切る瞬間が春分、秋分であり、その瞬間の含まれる日が春分の日、秋分の日となります。国立天文台が前年の2月に官報で公表し、そこで初めてその年の日付が確定いたします。ゆえにお彼岸の期間も、年ごとに動きます。
この両日は、昼と夜の長さがほぼ等しくなる日でもございます。太陽は真東から昇り、真西に沈みます。一年のうちで、日の出と日の入りの方角が最も分かりやすく定まる日と申せましょう。
お彼岸とは何か 言葉の由来
彼岸という言葉そのものは、仏教に由来いたします。迷いのこちら側の岸を此岸、悟りの向こう岸を彼岸と呼び、その向こう岸に至ることを願う修行の期間として、この7日間が定められたと伝えられます。西方に極楽浄土があるという考えから、太陽が真西に沈むこの時季が、その方角を拝むのにふさわしいとされたのでございます。
ただ、春と秋の分かれ目に先祖を偲び、手を合わせるという習わしは、日本において仏教の説く教理そのものとは別の広がり方をいたしました。彼岸会という仏事としての形を持ちながら、実際には家々で墓を掃き清め、故人を思い、季節の物を供えるという、暮らしに根ざした営みとして受け継がれてまいりました。日本人が古くから太陽の運行と季節の節目に心を寄せてきたことと、深く重なっております。
農事の暦としても、この時季は大きな区切りでございました。春の彼岸は種まきの支度にかかる頃、秋の彼岸は実りを刈り収める頃にあたります。暑さ寒さも彼岸までと申しますのは、単なる言い伝えではなく、田畑に出る人々が身をもって知っていた季節の実感でございましょう。
お盆との違い
お盆とお彼岸は、どちらも先祖を思う時季であるために混同されがちでございますが、その成り立ちも、行うことも異なります。
時季が違います
お盆は夏、7月または8月の中旬に営まれます。お彼岸は春と秋、年に2回でございます。
迎えるか、こちらから向かうかが違います
お盆は、故人の御霊が家へ帰ってこられるとされる時季でございます。迎え火を焚き、精霊棚を設け、送り火で見送ります。家で迎える行事と申せます。
対してお彼岸には、迎え火も送り火もございません。こちらから墓所へ出向き、掃き清め、手を合わせます。向かう側が動く形でございます。この違いは、両者の性格をよく表しております。
何を思う時季かが違います
お盆は、どなたか特定の故人を迎える色合いが濃いものでございます。お彼岸は、代々の先祖全体へ思いを向け、あわせて自らの生き方を省みる時季とされてまいりました。
彼岸に神社へお参りしてよいか
結論から申し上げます。差し障りはございません。どうぞお参りくださいませ。
この問いをお持ちになる方が少なくないのは、お彼岸を仏事と結び付け、あるいは死に関わる時季であるために、神社は控えるべきではないかとお考えになるからでございましょう。神道では死を忌みとして扱い、忌中の間は鳥居をくぐらぬという作法がございます。それとお彼岸を重ねてお考えになる向きがございます。
ただ、神道で忌みとして扱いますのは、身内に不幸があってからの一定の期間、すなわち忌中でございます。これは近しい方を喪った者が深い悲しみの中にあり、静かに身を慎む期間であって、期間が明ければ平常に復します。お彼岸は、この忌みとは全く別のものでございます。特定の不幸があったわけではなく、季節の節目に先祖を偲ぶ時季でございますから、神社への参拝を控える理由はございません。
もとより神道には、御先祖の御霊を祖霊として敬い、家を守ってくださる神として祀る考え方がございます。祖霊舎に手を合わせ、五十日祭、一年祭、式年祭と年を重ねて祭を営んでまいりますのも、同じ心から出たものでございます。先祖を思う心は、神社の信仰と背反するものではございません。
墓参の帰りに神社へお立ち寄りになる方もございます。順序についてもお尋ねを頂くことがございますが、どちらが先でなければならないという決まりはございません。ご自身の道筋に沿ってお参りになれば結構でございます。
お彼岸のお供え
お供えとして知られておりますのが、ぼたもちとおはぎでございます。この二つは、実は同じ物を指します。春は牡丹の花にちなんでぼたもち、秋は萩の花にちなんでおはぎと呼び分けるのでございます。小豆の赤い色には邪気を祓う力があると古くから信じられてまいりましたから、節目に供える物として選ばれたのでございましょう。
そのほか、季節の果物、故人がお好きであった物、お花などを供えます。日持ちのする物を選ぶ、供えた後は下げて頂くといった心配りは、いずれも実際に手を動かす中で自然に定まってきた知恵でございます。
神道の家であれば、祖霊舎には米、塩、水を基本とし、酒や季節の物をお供えいたします。榊を新しいものに取り替え、灯明を点し、手を合わせます。形は異なりましても、先祖に向ける心に違いはございません。
昼と夜が釣り合う日に
秋分の日は、国民の祝日として「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日と定められております。祝日法にそう記されました背景には、この日がもともと皇霊祭という、歴代の天皇、皇族の御霊を祭る日であったことがございます。宮中では今もこの日に秋季皇霊祭が斎行されております。
昼と夜の長さが等しくなり、太陽が真西に沈むこの日が、先祖へ心を向ける日として永く大切にされてきたことには、理屈を超えた確かさがあるように思われます。
草の丈が低くなり、木々の色が移り始めるこの時季に、墓前に立ち、あるいは御神前に手を合わせるのでございます。過ぎ去った方々の上に幾重にも重なってきた日々の先に、今日の自分がおります。そのことを静かに思い返す7日間でございます。
秋の日の傾きが深くなってまいりました。彼岸の中日、真西に沈む日を見送りながら、先立たれた方々の安らかならんことをお祈り申し上げます。
この記事は、埼玉県熊谷市上之に鎮座する上之村神社・雷電神社(通称 上之雷電神社)が記しました。本殿は国の重要文化財、一千年にわたりこの地の祈りをお預かりしております。














