夏の終わりが近づくころ、身体はまだそこにあるのに、どこか灯が遠くなったように感じることがあります。眠りが浅い、気力が湧かない、緊張が緩まない。それは意志の弱さではなく、命を統べる「電気」が摩耗しているしるしかもしれません。
神経とは、神の通う道
脳と全身を結び、心の動きから臓腑の働きまでを一息に統べているのが神経です。神経はいわば身体の中を走る電気の通り道であり、その乱れが眠りの障り、気力の減退、自律神経の失調、さらには痛みや痺れとなって現れます。
当社はこの神経について、古くからひとつの言霊を伝えてきました。「神(Shin)の通う道が神経(Shin-kei)である」と。人の身に宿る生命の電気こそ、神のはたらきそのものであるという信仰です。
摂社・大雷神社にお鎮まりの大雷神は、雷という天地の電気を司る御神です。同時に、その御神徳は人の身体を駆け巡る生命の電気、すなわち神経をも守護されます。癲癇・リウマチ・神経痛など、神経に根ざす病の平癒。そして心の不調の鎮静。これらに大雷神の御力が及ぶのは、雷と神経が同じ「電気の道」を本質として分かち合うからにほかなりません。当社の病気平癒・心身健全のご祈祷がこの御祭神のもとで奉仕される、その必然はここにあります。

心の充電の社として
早朝、境内を掃き清めているとき、玉砂利を踏む音だけが静かに響きます。夏草の青さと、境内木の梢を抜ける風の涼しさが交わるその時間に、社は一日の祈りの準備を整えます。訪れる方が境内に足を踏み入れたとき、その静けさがまず身体に届くよう、神職はその空気ごと整えることを務めとしています。
病気平癒の祈りとは、失われたものを外から補うことではありません。すでに内に宿る命のはたらきが、本来の道を取り戻すことです。摩耗した神経を鎮め、内に再び明かりを灯すこと、当社はそれを「心の充電」と呼び、大雷神の御神徳の核心として位置づけています。
雷は地を揺るがす激しさをもちながら、その後の大気を清め、大地に電気を満たします。大雷神の御力も同様に、荒れた神経を鎮め、乱れた電気の流れを正し、心身に静かな充電をもたらすと当社は信じ、伝えてきました。
主祭神・事代主命との調和
上之雷電神社の本社には、主祭神として事代主命(えびす様)をお祀りし、相殿に大己貴命・大山祇神をお迎えしています。事代主命は福徳と縁を結ぶ神であり、大己貴命は国土と生命の根源を司る大国主の御神格を持たれます。心身が整ってはじめて、縁も福も受け取れるものです。本社と摂社が境内に並び立つこの社の構えそのものが、心身の健やかさと人の縁・福徳とが切り離せないことを、かたちをもって示しています。
ご祈祷をお受けになる方へ
病気平癒・心身健全のご祈祷は、大雷神社の御祭神に正式にご奉告申し上げ、ご祈願をお取り次ぎする神事として奉仕しております。神経に関わる御病気、自律神経の乱れ、心の疲弊、眠りの障り、そのほか身体の不調に際して、ご参拝のうえお申し込みください。
ご参拝の折には、摂社・大雷神社の前に静かにお立ちください。社殿の奥から届く気配に、身体がふと弛む瞬間があるとすれば、それはすでに大雷神の御前に立っているしるしです。
初穂料・お申し込みの方法・ご祈祷の詳細につきましては、当社ホームページの該当ページをご覧ください。
ご参拝・ご祈祷のご案内: https://k-raiden.jp/shinto-ryoho/
おわりに
千年を超える祈りの積み重ねが、この境内の土に、社殿の木の匂いに、玉垣の苔に染みています。幾世代もの人々が、病む身体を、疲れた心を、ここへ持ち寄り、大雷神の御前に静かに差し出してきました。その祈りの連なりの末に、いまもこの社は同じ務めを果たしています。
命の電気が本来の道を取り戻すことを願い、当社は今日も境内を整え、御祭神に仕えます。















